GAGLE
DJ MITSU THE BEATS、HUNGER、DJ Mu-Rの3人からなるHIP HOPアーティスト。仙台在住。96年結成。2001年「BUST THE FACTS」でデビュー。1年後に1st Album「3 MEN ON WAX」(日本のHIP HOP CLASSICSの1つと名高い名曲『雪の革命』収録)をリリースし、全国二十数カ所のクラブツアーを敢行。デビュー前から鍛え抜かれたパフォーマンスに各地が揺れた。そして仙台のHIP HOPグループとしては初のワンマンライブを開催する。2004年、メジャーに舞台を移し、ミニアルバム「SUPEREGO」をリリース。音源もさながら映像とのコラボも評価が高く「SPACE SHOWER TV MUSIC AWARDS '05」で『RAP WONDER DX』がBEST HIP HOP VIDEO5作品にノミネート。MTV MUSIC AWARDSでも同曲が最優秀特殊効果ビデオ賞を獲得する。東京で初のワンマンライブ、BLUE NOTE 60周年記念CDに参加するなど、GAGLEの音楽性にさらに注目が集まる。Jazzy sportよりリリースされたシングル『アナクロラリー』はNHK BS「週刊ナビTV」のオープニングテーマ&同番組に出演する。2005年、「BIG BANG THEORY」をDVD付の2枚組でリリース。約30カ所の全国ツアーを周る。2006年にはFOMA『n902ix HI-SPEED』のCMに楽曲提供&出演し、全国に名前を広める一方で、仙台市芸術祭にクラブミュージックとして初参加(HUNGERが同イベントの実行委員会の代表を務め、大成功を収める)するなど、地元に根付いた活動にも重点を置いている。現在、ミヤギテレビにて放送中の『COLOR TV』に定期的にレギュラー出演し、宮城の若者に大きな影響を与えている。
近年、MITSU THE BEATSのソロアルバムが国内外で話題になり、海外ツアーも定期的に行われるようになってきた。今現在、イギリスの国営放送『BBC』など世界各地のラジオ局でGAGLEも含めたJazzy sport musicが流れることが定番化してきている。2007年5月、韓国で開催された『B-BOY PARK 2007』にて『日本人のラップグループとして史上初』となるパフォーマンスを披露し、会場をおおいに沸かせるなど、言語の壁を越えたライブで、日本のみならず、世界からも注目を集める存在になってきている。
2007.6.27 コロムビアミュージックエンターテインメントより
3RD フルアルバム「3 PEAT」をリリース、目下全国ツアー中 |
Cro-Magnon
1996年、米国ボストンにて、Dr&Per:大竹重寿、G&B:コスガツヨシ、Key:金子巧が出会いジャムを始める。 99年帰国後、Loop Junktionを結成。1枚のミニアルバム、2枚のフルアルバムをリリースし2004年惜しまれつつも活動停止。同年、進化した三人が原点に立ち返り、cro-magnonとして活動開始。 その後、DJ Mitsu the Beats,GAGLE, breakthrough, DJ Kou-G a.k.a GROOVEMANSPOT等が所属するクリエイター集団 "Jazzy Sport Productions" へ電撃加入。2005年東京、大阪にてSa-Raと共演をはたすなど、自身の活動を主としながら楽曲提供、プロデュース、リミックス等を並行して行っている。Soul Musicを軸にHip-Hop, House, Dub, Jazz, Funk,Reggaeなどあらゆるジャンルのアーティストをリスペクトしつつ、トリオでの可能性を追求する新世代型ダンスミュージックバンド。すでに多くのLIVE活動でその知名度は上がっており、2005年12月に発売した初の12inchアナログEPは、国内外で瞬く間に完売。CDデビュー前から海外(特にヨーロッパ圏)からの高い評価は特筆モノ。新作への期待が高まるなか、2006年5月31日、NMNLレコーズの新レーベル「SWINGMAN RECORDS」よりCDアルバムがリリースされ、大きく注目された。日本各地で行われた2006年の夏フェスも規模の大小を問わず出演し、オーディエンスに熱狂的な夏を送り届けたばかり。2007年に入る頃にNew EPを発表予定。 |
Spinna B-ILL
Spinna B-ILLの魅力は、飾らない真実のリリックと心揺さぶるヴォーカル。彼をよく知る人は親しみを込めて“ビル”と呼ぶ。ビルは、彼の印象深い厚い唇から付けられたビルで、スピナは回転するという意味のスピンのスラング。
Spinna B-ill&the cavemansとしてデビューしたのが2002年。
「まっすぐに」や「ライオンの子」という代表曲をはじめ、その圧倒的な歌唱力とパフォーマンスが話題を呼び、その息吹はレゲエ&ソウルファンに止まらず、ライブは回数を重ねるごとに動員を増していった。CLUB CITTA’で行われた解散ライブは即日完売ともなり、発表された3枚のアルバムと共に、彼らが力強く駆け抜けた足跡として今も尚語り継がれている。
2005年ソロとなったSpinna B-ILLは、シンプリー・レッドのギタリスト、Kenji Jammer氏とアルバム「STAY LONGER」をリリース。収録楽曲の「何度も…」は、2005年を代表する珠玉のバラード作品として話題となった。
2006年には、ソロアルバム「ST-ILL GROWING」をリリース。この作品では、ソウルあり、ボサノバあり、ファンクありとジャンルにはとらわれないSpinna B-ILLの新しい世界が明らかとなった。代官山UNITで行われたRelease Partyは、SOLD OUTとなりソロシンガーSpinna B-ILLとしても力強いスタートを切ったのである。
2007年10月、様々な活動から得た自由な表現方法をもとに、自主レーベルUNIQUE CHANNELを設立し、待望のフルアルバム「Re:program」をリリース。
「Re:program」キーワードは「手づくり感」。人の手がいっぱいかかっている70年代ソウルのように、人のエネルギーが感じられる世界。ヒップホップ、R&B、ソウル、ファンクというブラックミュージックからレゲエまでのフィルターを通してきたSpinna B-ILLが「Re:program」として、ソウル回帰のR&Bを提示。BORDERLESS GIPSY Spinna B-ILL、いよいよその世界が明らかとなる。 |
HIFANA
KEIZOmachine!とジューシーによるブレイクビーツユニット。
ライブではプログラミングやシーケンスをいっさい使用せずリアルタイムにサンプラーパッド(MPC)を叩いてビートを刻み、スクラッチやパーカッションなどを乗せていく独特のLIVEスタイルが特徴。
2003年11月には1stアルバム“FRESH PUSH BREAKIN”をW+KTOKYO LABよりリリース。プログラミングやシーケンサーをフルに使い民族音楽、沖縄音楽、自然音、スクラッチ、ありとあらゆるタイプのサウンドと映像を絶妙に混ぜ合わせる凄まじいほどのエディット力とユーモアのセンスがふんだんに散りばめられた創造性の高いアルバムとして各メディアにおいて2004年度ベストCDとして選出される。また同アルバム収録の“FAT BROS"はSPACESHOWER VIDEO MUSIC AWARD 04においてBEST CG/ANIMATIONの受賞をはじめ2004ONE SHOW FILM(NYC)やD&AD 2004 (LONDON)でも賞を獲得。2005年8月にリリースされた2ndアルバム”CHNNEL H"もまた多彩なゲストを迎え製作され、同アルバム収録の”WAMONO"はSPACESHOWER VIDEO MUSIC AWARD 06においてBEST CG/ANIMATIONの受賞をはじめ、平成17年度文化庁メディア芸術祭優秀賞を獲得。またHIFANAのアーティスト写真やホームページでも見られる数々のキャラクターのアートワークはソロボンヌ先生a.k.a.ジューシー本人が手掛けている.2006年8月30日にはHIFANA監修のコンピレーション・アルバム”NAMPOOH CABLE"もコロンビアよりリリース。
2007年8月にはEMIにメジャー移籍。世界各地で収録されたベスト・ライブ映像、オフショットを中心に、所属レーベルかつ映像制作集団、W+K東京LABとのコラボレーションによる強力でフレッシュな映像新作を多数収録した2.5枚目のLIVE DVDとCD”CONNECT"をリリース。 |
犬式 a.k.a.Dogggystyle
97年に開催された第1回フジロックフェスティバル台風明けの2日目、元「THE CLASH」のジョー・ストラマーとリーダー三宅洋平の運命的な出会いを経てDogggystyleを結成。
03年、初のミニアルバム「レゲミドリ」をビクターからメジャーリリース。この年のフジロックで、予定演奏時間を3倍超えるという制御不能の熱狂を引き起こす。その後、自主レーベル=provinciaを設立。2004年、新レーベル第1弾となるシングル“月桃ディスコ”をリリース。バンド名を〈犬式〉に改名。ほぼノンプロモーションにもかかわらず、異例のスマッシュヒットを記録。2005年、初のフル・アルバム『Life is Beatfull』をリリース。
容易なカテゴライズを一切否定する、オリジナル4ピースバンド。 |
KOHEI JAPAN
神奈川県横浜市出身。ジャパニーズ・ヒップ・ホップの創世記とも言える1991年よりマイクを持ち、横浜を中心としたクラブで精力的にライヴを行う。1993年に自身の母体ともなるユニット、Mellow Yellow<メローイエロー>を結成。ライムスター、イースト・エンド等とFunky Grammar Unit<ファンキー・グラマー・ユニット〜通称:FG>に属し、シーンの興隆を担う。
2000年にソロ名義となるアルバム、「The Adventure of KOHEI JAPAN」をリリース。以前より定評のあった“琴線に触れるリリックの世界観”、“メロウネス溢れるフロウ”、そして“ファンキー&タイトなトラック・ メイキング”により同アルバムはロングラン・ヒットを記録。その名を業界内外に知らしめた。以降フル・アルバム、シングルを各々1枚リリース。トラック・メイカーとして数々のアーティストをプロデュース。ラッパーとしてダブル、上戸彩、安良城 紅、ライムスター、クレバ、ハルカリらと、またメロウ・イエローの一員としてリップ・スライムとのコラボレーションも記憶に新しい。
2007年、活動の場をメジャー・フィールド<Knife Edge / PONY CANYON>に移し、2007年6月20日に自身名義3枚目にしてコンセプト・アルバムの「Family」をリリース。ヒップ・ホップというフォーマットに則りつつ、忘れられた家族愛への回帰を訴える同作はヒップ・ホップを普段聴かない層にまで幅広く浸透、ロング・ラン・セールスを続けている。 |
Diy Tokion
1998年:都内を中心に "DIYU" 名義でライブ/レコーディング等、活動開始。 >> 1999年:Q-ILL(Rap)と活動を共にし、その独自の世界観とサウンドは各方面で高い評価を受ける。 >> 2001年:コンピレーションアルバム "CHILL SIDE2 -Meltingpot-" にてQ-ILLをプロデュース。現メンバーが揃い、diyTokionに改名。 >> 2002年:Q-ILL 2ndアルバム "Out Of Cosmos In The Brain" [CHILL SIDE/CHID-C0004] 全面参加。 >> 2003年:Q-ILLと共に様々なライブをこなし、Lil'Da(GroupHome)、Pharcyde、Rahzel(ex.The Roots) etc. と共演。 >> 2005年:アナログ12inchインストシリーズ "Tokion Lab Vol.1" [DON IM YUM TOKYO./DTAD-2001] リリース。同年、Q-ILL 3rdアルバム "東京AVANTGARDE" [DELPHONIC/GNCL-1024]において5曲プロデュース。 >> 2007年:アナログ12inchインストシリーズ "Tokion Lab Vol.2" [DON IM YUM TOKYO./DTAD-2002] リリース。今年発売予定のQ-ILL 4thアルバムにて数曲プロデュース。 |
COMA-CHI
05年度B-BOY PARK MCバトルにて女性として初の準優勝という快挙を成し遂げ話題になった弱冠22歳のフィーメールラッパーCOMA-CHI。06年2月には初のソロアルバム「DAY BEFORE BLUE」をリリース、繊細な歌詞と確かなスキル、ニュースクールを基調にした独特の音世界が注目を集め、発売後一週間でJ-POPチャートの上位にランクインする。4月末に渋谷asiaにて行われた1時間ソロライブでは200人以上の動員を集めるなど、現場でのパフォーマンスにも定評がある。また、渋谷Familyにて女性HIPHOPアーティストばかりを集めたイベント「黒道の妻たち」を自ら企画、さらに今秋には自身のレーベル“24区”からの第一弾として、仲間と作り上げた東京都24番目の架空の都市「JUNK BEAT TOKYO」のコンピレーションアルバムを2006年12月リリースなどプロデューサーとしての顔も持ち合わせる。これまでに,加藤ミリヤ,DJ YAS,DABO,TWYGY,GAGLE,YAKYM,raythought,grooveman Spot等、メジャー、アンダーグラウンドを問わず客演でもその圧倒的な存在感とスキルを見せつけている。
2007年以降はJazzy Sport Productionsの一員として本格的に活動開始。今最もシーンの注目を浴びている女性ラッパーである。 |
STAX GROOVE
NewBebop Broken'Step=Future Jazzy Dance Styleを日本で掲げ世界を基準に活動を続けているIZM,YOSS,SHUN,MUNEを基軸にするダンスクリエイター集団STAX GROOVE。
90年代よりHIPHOP、HOUSE等のダンスをジャンルレスに吸収しEU・ASIAを中心に数多くの国で踊ってきたフットワークを活かし、JAZZ MUSICで踊るDANCEの進化を常に見出している。
クラブシーンでの活動は勿論、1つの文化として、この時代に良い影響を与え続けていければと願う。
06'には日本代表としてPoland JAZZ Festival、07'Jakarta Crossover Jazz Festivalにゲスト出演。
国内外問わず多くの有名ミュージシャンと共演を果たしている。
05にReleaseしたDVDが話題を呼び、海外音楽誌にて数多く掲載される。Jazzy Sportの一員として今後も世界を1つに繋げていく。
Fashion Collaboration//addidas Collection ,Jun Men,Lanvin en Blue,new balance他 |
HARUKI HORIE
(Sound Cream Stepperz)
言わずとしれたダンス界のカリスマと呼ぶにふさわしいSound Cream Stepperzの主格HORIE。
ストリートダンス創世記の80年代より活躍し華麗かつエキサイティングなパフォーマンスで常にシーンをリードし、20年以上にわたりパフォーマンスし続けているこだわり派。
音楽業界のビッグアーティストのライブツアー参加やCM振付、ゲームのダンスプロデュース等、その仕事の幅は広く、各方面の信頼も深い。又、海外のダンサーとの交流も深く、NYやLondonのオリジナルダンサー達とのコラボレーションも多い。 |
Melo☆Chestra
その名の通り、音に魅せられ、音で魅せようというヤローの集まり。
Fantastic・Groovin・Stylish・Dynamicそれぞれの楽器を持ち合わせ、壮大なB-BOY Orchestraを繰り広げる。この、他に類を見ないチームスタイルで
全国様々なBATTLEで好成績を残す。その勢いはB-BOY界の枠を飛び越え現在都内クラブシーンにおいて数々のイベントでSHOW CASE出演中。 |
青山 宗央(TOKIO)
feat.TAKA
1981年1月13日秋田県生まれ小さい頃に映画、音楽、漫画、などに影響を受け絵を描き始める。
2002年にアメリカのシアトルに語学とgraphic design を勉強しに行くが、コンピュータでのgraphic designに興味がなくなり、2005design の学校を中退し、南米コロンビアやジャマイカに5ヶ月間、絵の旅に行き、小中高の学校などで絵を描きボランティアなども開始。
シアトルのクラブ、フェスティバル、レストランで絵を売りながら絵の世界を探求。
2006年からはシアトルと日本を行き来するようになり、シアトルの小学校にボランティアとして壁画を描いたり、レストラン、クラブなどで壁画を描くようになる。
2007年 CDのアルバムカヴァーを手掛けた事を切っ掛けに!
2008年 APPI JAZZYSPORT 08へライブペイントとしてエントリー! |
VJ GEC
木村和史、5次元図案構成、高野良和らと映像集団『VJ GEC』を結成。
映像クリエーター、グラフィッックデザイナーらが集まりVJを中心にPV制作、アート活動、座談会など様々な表現方法を模索中。
HIFANA、DJ KENTARO、DJ UPPERCUTなどのLIVE VJ ・ ビジュアル面を担当し、ヨーロッパツアー ・ FUJIROCK FESTIVAL ・ METAMOROHSE ・ Sonar Festivalなど多数出演。
VJとしても国内外で年間30本以上のLIVEに参加。 |
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DJ Mitsu the Beats
2000年デビューe.p."Bust the Facts"でまさに彗星のごとく日本のHIPHOPシーンに現れた仙台在住の3人組"GAGLE"。2001年にリリースしたファーストフルアルバムは世界中の主要DJ(フィル・アッシャー、パトリック・フォージ、ジャイルス・ピーターソン、Benji B 等多数:特筆すべきは、HIPHOPシーンに留まらず幅広いジャンルの人々から高い評価を得ている点)達がこぞって絶賛。(NIK WESTONコンピにも1曲収録)国内外で多くのファンを獲得。GAGLEのブレイン、トラックメイカー兼サイドM.C.のDJ Mitsu the Beatsのトラックメイキングは日本のHIPHOPシーンに新たな道しるべを提示する物なった。彼の吸収する音楽は、HIPHOP, House, Nu-JazzBreakbeats, Techno, JAZZ, Soul, Funk,Fusion, Latin, Afro,Brazilと幅広く、が、造出する音楽はそのどれにも属さないまったく新しいタイプの音楽である。2003年Plane Groove よりリリースされた初のソロアルバム[ NEW AWAKENING ]が海外でも高く評価され、 2004年米URB誌では定評のある「Next100」にも日本人で唯一DJ Mitsu the Beats選出。同年10月には初のUS7都市ツアー( SF, LA, NY,Philly, Detroit他 ) を敢行。改めてその知名度、人気を実証した。2005年11月、自身のグループGAGLEのニューアルバム [ BIG BANG THEORY ] を完成させ、コロムビアジャパンより発売。様々なアーティストへの楽曲プロデュースやリミックスでさらなる進化を遂げ続ける Mitsu the Beatsのビート・プロダクションが極まる。2006年5月18日〜初のヨーロッパツアー( Paris, Lyon, Munich, Vienna, Linz, Bratislava, Zurich )を成功に終わらせた。そして早くも2006年11月には二度目のEURO,UK TOURを敢行。最近のトピックスとして、HIP HOPの二大レーベルと言うべき、[bbe]と[Stones Throw]のレーベルオフィシャルMix CDをそれぞれ手がけたばかり。 |
grooveman Spot
a.k.a. DJ KOU-G
ENBULLのDJ & BEAT MAKERでありJAZZY SPORT所属。 DJ Mitsu the Beats (GAGLE)らと同郷仙台で一緒に活動してきた男。これまでに吸収し、育んできた音楽的経験をターンテーブルから発信し、人々を自らの立ち位置"grooveman Spot”へと取り込む。数多くのPARTY PEOPLEから熱狂的な支持を集めるレギュラー・パーティーから、海外ARTISTとの共演に至るまで全方面対応型のDJ PLAY, TRACK MAKERとしてもその実力は国内、海外問わず様々なARTIST、メディアが注目。2003年にリリースしたMIX TAPEは一大センセーションを越し、多くのフォロワーを生み出した。アルバムリリース前にも関わらず、Yoshika, Jazztrionik, Platinum Pied Piper, Fresh Air, DJ Mitsu the BeatsなどのREMIXを担当!そして全世界から大反響を得た1st Solo Album「Eternal Development」を2006年7月にリリース。Masaya FantasistaとのTettroy BLK、DJ MITSU The BeatsとのJazz Phenomenonとしても活動。最新作品はStones Throwレーベル設立10周年を記念したGerogia Ann Muldraw/west coast recycler ( grooveman Spot RMX)。 |
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